ずっといっしょ00

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 あるマンションの一室で、恋人たちは甘い空気を作り出していた。ソファーに座った圭吾を後ろから蓮が抱きしめているのだ。見ている人がいれば、思わず苦笑いをしてしまうほどの甘ったるい空気を作っている2人だが、同性という普通とは少しだけ違う点があった。だが、この2人は同性だということをまったく気にしていない。流石に周囲に言いふらせば面倒な事になることはわかっているため、あえて言ったりはしていないが周りは薄々感づいており生暖かく見守っている。この周囲に家族も入っているのだが、本人達は全く気が付いていなかったりする。

「ねえ、圭吾俺のこと好き?」

 蓮は圭吾の顔を覗き込みそう尋ねた。蓮の瞳が不安気に揺れる。圭吾はその事を見逃しはしなかった。

「もちろんだ」

 圭吾は恋人の問いに対してすぐにそう答えた。普通の恋人ならこれで満足するだろう。満足しなかったとしても本当に思っているかもう一度訪ねる程度だろうが、圭吾の恋人である蓮は違った。別に満足しなかったわけではない。ただ、この言葉で圭吾はある引き金を引いてしまったのだ。本人は気が付いていないのだが、その銃口は確実に圭吾へ向いている。

「ありがとう」

 そう言って蓮は無邪気に微笑んだ。そして、無邪気な微笑みのまま隠し持っていたスタンガンを圭吾の首に押し当て、体に電流を流し込んだ。圭吾は突然の事に、抵抗も、声を上げる事すらもできずに意識を失なった。圭吾が意識を失う前に見た恋人はそんなことをしていても、邪気など何もないように微笑んでいた。




 冷えた体と、それとは反対に脇腹の一部は燃えるように熱さ、圭吾はその感覚で目を意識を取り戻した。圭吾が目を覚ましたのは浴室だった。手足は痺れるくらい強く縛らている。この強さでは自由に動かすことはもちろん不可能だ。体が冷えたのは床に直接転がされているからだろう。湯もなにも張られていない浴室は、まだこの季節では少し肌寒いくらいだ。その床に転がされているのだ、体が冷えるのは当然。では、脇腹の熱さの正体は何かと圭吾が視線を脇腹の方へ移動させた時、彼は悲鳴を上げた。何故なら、脇腹に果物ナイフが刺さっているからだ。熱さの正体は、過度の痛みによるものだったのだ。さっきまでは熱いというだけだったのに、圭吾が原因を知ったとたんに燃えるような熱さだったのが激痛に変わっていく。動揺し、叫んでいると浴室の扉が開いた。

「あ~、圭吾やっと起きた?全然起きないから心配になっちゃった」

 扉を開けたのは、蓮だった。圭吾は激痛の中で何とか意識を失う直前の記憶を手繰り寄せ、自分にこんな事をした犯人が蓮であることを理解した。本当なら問い詰めたいところだが、痛みや混乱で言葉が出ない。

「なんで…」

 圭吾が少しだけ痛みに慣れ、やっとの思いで口に出した言葉はこれだけっだった。しかし、困惑、混乱、苦しみ、は十分に伝わってくる。そして、蓮はそんな圭吾の言葉に不思議そうに首を傾げた。

「わかんない?あのね、俺は圭吾とずっと一緒にいたいの。でも、ずっと一緒にいるのってすごく難しいことだよね。絶対にないって信じてるけど、圭吾が心変わりして俺じゃない人を好きになるかもしれない。ある日、交通事故で死んでしまうかもしれない。どちらかが病気になって死んでしまうかも。それにお互い長生きして老衰で死ぬにしても同時にっていうのはほとんど不可能でしょ?それで俺はどうしたらずっと一緒にいられるかがんばって考えたの。考えて考えてそれでもぜーんぜん思いつかなかったんだけど、ある日閃いたんだ」

 笑いながら楽しそうに語る蓮に圭吾は強烈な恐怖を感じていた。話している調子や表情、動作におかしいところはなく、まるで趣味を話しているようだ。だが、話している内容には確実に狂気を感じる。明確にここだというのがあるわけではないが、ただの心配性などでは済まされない。おそらく圭吾はそのアンバランスさに恐怖を感じたのだろう。そして、言葉を続けさせてはならない、危険だと本能が警鐘を鳴らしている。だが、圭吾が止めるよりも早く蓮は言葉を紡いでしまった。

「圭吾を殺して、俺も死ねばいいんだよ。世間からは無理心中って言われちゃうかもしれないけどしょうがないよね。だって、俺たちがずっと一緒にいる方法はこれしかないんだから」

 蓮はただただ無邪気にそう言った。蓮の中でそれはもう“決まった事”で、それ以外の方法は考えられなかった。彼は純粋に圭吾の事を愛している。そして、一緒にいられる方法を考え自分なりの答えを導き出した。たとえ、それが自分と恋人の死であっても彼にとっては些細な事でしかない。だから、自分の恋人は納得して協力してくれると蓮は考えている。

圭吾は蓮の言葉を理解した。だが、理解をしただけで納得をしてはいなかった。言いたいことは色々とある。早くこの脇腹も治療をしたい。

「俺はお前に信用されていなかったのか…?」

 しかし、圭吾の口から零れ落ちた言葉は相手への拒絶や否定、怒りではなく、不安だった。それは、蓮が挙げた一緒にいられなくなる原因で真っ先に上がった理由が、圭吾が心変わりするかも知れないというものだったからだ。もしかしたら、自分は蓮に信用されていないんじゃないか。圭吾には、その不安が恐怖や怒りよりも大きい。

 そんな圭吾の言葉に蓮は目を瞬いた。蓮の言った理由は、あくまで可能性であり蓮自身はその可能性を全く信じておらず、その可能性を認めることを拒否している。だからこそ“ずっと一緒にいる”という事に固執している。

「俺は圭吾の事を心の底から信用してるし、愛してる。だから…ね?」

 そう言いながら、蓮は圭吾の脇腹に刺さる果物ナイフを引き抜いた。その途端、ナイフという栓がなくなったため、圭吾の脇腹から血が止めどなく流れる。蓮はその様子を感心したように見つめているが圭吾はそれどころではない。

「へぇ、こんなナイフでもけっこう傷深くなるんだぁ…」
「う゛ぐ…」

 苦し気に呻く圭吾を見、蓮は申し訳なさそうに、ごめんと呟いた。その呟きは小さく圭吾に届く事はない。

「大好きだよ、圭吾」

 蓮は先ほど引き抜いたナイフを、両手で圭吾の首に突き立てる。果物ナイフと言えど、それだけの力をかけて扱えば肉を容赦なく切り裂く。蓮が首を選んだ理由は、圭吾が長く苦しんだりしないようにだ。それともうひとつ。最愛の人が自分でやっている事とはいえ、苦しんでいる姿を長く見たくはないからだ。

 ナイフを引き抜く。そうすれば、圭吾の体から血が溢れ出す。もう一度。今度は胸に。ナイフを両手突き刺す。少しでも最愛の人が苦しむ時間を減らせるように…。そんな行為を続けながらも、蓮は圭吾に愛していると伝え続ける。



 血が止めどなく自分の体から流れ出ていく。いつからか痛みも感じなくなっていた。そんな中で圭吾は言いようもない後悔に襲われていた。自分が蓮の不安に気付いていたらこんな事にならずに、2人で穏やかに笑って過ごせたのではないか。そんな、ありもしない未来を考え、後悔する。だが、おそらく圭吾が気付いたところできっと結末は何も変わらなかっただろう。精々先延ばしになるだけだ。

 体の末端が冷え込んでいく。もう、死へのカウントダウンが始まっているのだろう。朦朧としたい意識の中で圭吾が思い出すのは、幸せだった頃の蓮との記憶。圭吾は蓮を愛している事を再確認した。

(神様がもしもいるってんなら…来世でも蓮と一緒にいさせてくれ…。もうこんな事を起こさせない為に…)




 蓮は圭吾の心肺が完全に停止したことを確かめ、開いたままの瞼を閉じさせる。

 浴室に持ってきていたガラス瓶の蓋を開ける。中身は睡眠薬。だが、あくまで市販されているものであるためそこまで効果は強くない。それで十分だった。彼にとって睡眠薬はあくまで保険なのだから。

 睡眠薬を飲もうとして、蓮はある事に気が付いた。普段ならもっと前に気づいただろうが、このような状況下では気付かなかった。水がない。浴室である為、シャワーも蛇口もあるのだが飲みにくく、圭吾の体を濡らしてしまう可能性があるため止めた。仕方なく、すぐ外の洗面所(兼脱衣所)の普段は歯磨きに使うコップに水を汲む。

 そして、浴室に戻ったところで瓶の中の全ての睡眠薬を水と一緒に胃へ流し込む。蓮の選んだ睡眠薬はカプセルタイプの物で、効果が出るまでに少し時間がかかる。だが、それでよかった。

 蓮は、圭吾に使った果物ナイフで左手首を切った。次いで、首をナイフで切り裂く。自分でやるため、傷は圭吾の時ほど深くはならない。だから、蓮は睡眠薬を飲んだ。体をある程度傷つけ、ほおっておけば失血死する。だが、苦しみのあまり助けを求めてしまうかもしれない。ないとは思うが念のために意識を失くすために睡眠薬を飲んだ。

 しばらくその行為を続けていると、血を大量に失ったためか、はたまた睡眠薬が効いてきたのか蓮の意識は朦朧として来ていた。その中で、恋人とはあまり関係のないある事を思い出していた。

(そう言えば…男女の恋人が心中すると男女の双子に生まれ変わるなんていう伝説あるけど…男同士でも成り立つのかな…?まあ…来世なんてないだろうけど…)

 蓮は所謂死後の世界で圭吾とずっと一緒にいられると考えていた。だから、来世に関心など微塵もないのだが、そんな伝説を思い出していた。だが、もしも生まれ変わって双子という関係になるならそれも良いかと考えていた。そんな事を考えながら蓮は意識を手放した。もう二度と意識を取り戻すことはないだろうという事がわかっていても、蓮はこれで圭吾とずっと一緒にいられると信じているため恐怖はなにもなかった。


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