若様05

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 俺は今珍しく寮の自室にいた。最近は忙しくあまり戻れていなかったのだが、今回はさすがに戻っていた。あまり関係のない事だが、俺は自室ではヘアピンをしている。理由は単純で顔を隠す必要がないからだ。あと、普段は髪に視界が遮られて結構邪魔だったりする。

「んー、こんだけ揃えばいいか」

 目を通していた資料を封筒に仕舞い、1つ伸びをする。もしかしたら、と思ってアーサーに言っておいてはいたが正直この読みは当たって欲しくなかった。と言うか普通この可能性にたどりつかないだろう。この時ばかりはアーサーの趣味に感謝をした。……いや、気づかない方が良かったのか。正直微妙だ。


 眠気覚ましも兼ねてコーヒーを飲みながら考えるのはいつこの事を伝えるかだ。早い方がいいだろうが、風紀委員と生徒会メンバー(高峰先輩と俺のみだが)が下手に集まると余計な詮索をされかねない。うちの生徒会と風紀委員は思っていたよりはましだったが、学園2大勢力であるため若干ぎくしゃくしているのだ。生徒会は例外があるものの人気投票で決めるため必然的に派手な奴が多く、派手な奴らはトラブルを引き寄せる事が多いためトラブルの後始末をさせられる風紀委員にはあまり良いイメージが持たれていない。また、その為風紀委員は生徒会への当たりが強くなる事が多いため生徒会は風紀委員に苦手意識を持っていたり、嫌っていたりする。さらに、一般生徒達の間で生徒会派と風紀委員
派 (生徒会派が圧倒的に多い)を勝手に作り上げてしまっているため尚更ややこしくなっている。

 …途中から脱線してしまったが、本当にどうやって伝えようか。思いっきり個人情報だから覗き見をされるリスクなどを考慮してメールなどをするという訳にも行かないしな。風紀でも伝える相手は選ばないと行けない。委員長である南雲先輩と副委員長であるアーサー。んー、出来ればあと1人くらい欲しいところだな。そう思い、俺は風紀委員の名簿を引っ張っぱりだし目を通す。

「あっ」

 2年の名簿に見覚えのある名前があった。この人なら大丈夫だろう。普段はアレだが、なんだかんだしっかりしていて口の固い人だしな。

 さて、伝えるメンバーも完全にきまったな。だが、方法は直接言うしかないな。という事は絶対に聞かれない場所でないといけない。情報をもらさないと言うだけなら会議室が良いんだが、このメンバーを会議室に集めると余計な詮索されるだろう。そこら辺を考えると一つ良いところがある。教師からの許可がいるが、真宮先生に頼めばいい。あの人は転入の担任になってしまってからはなかなかストレスが溜まっているみたいだしな。……忘れかけていたが俺と転入生は同じクラスなんだよな。




 HRが終わってすぐ真宮先生に近寄る。……予想はしていたが本当にすぐに教室から出ようとしているな。まあ、のんびりしていたら転入生に絡まれるから当然と言えば当然か。

「真宮先生お願いがあるんですが、少しいいですか?」
「んー、なんだ?」

 真宮先生が少しだけ面倒そうに振り向いた。その顔は少しやつれていて生徒会関係で迷惑をかけているのに少しだけ罪悪感を覚えた。

「視聴覚室の使用許可が欲しいんです。いいですか?」
「いいぞ。鍵取りに行くからついて来い」
「サインか何か貰えれば自分で取りに行きますよ?」
「いいからついてこい」

 あー、これはもしかして今の生徒会の状態について何か聞かれるんだろうか。この人の場合ただの愚痴という可能性もあるが、今は大人しく従っておいた方がいいだろう。

「はい、わかりまし…」
「真白!今日はめずらしく授業に出てたけど、本当は毎日出ないとダメなんだぞ!!」

 …真宮先生に返事をしてついていこうとしたら後ろから転入生に声をかけられた。真宮先生は露骨に嫌な顔をしているし、さっさと追い払ってしまった方がいいだろう。はあ、それにしても何故転入生は俺に絡んでくるんだ。

「生徒会役員はある程度以上の成績を取れていれば授業じゃ免除される。そして俺は1年の首席だ。何も問題ないはずだが?」
「それでも授業は出ないといけないものなんだぞ!なんて言ったって学生の本分は勉強なんだから!」

 学生の本分は勉強だというお前の方がしていないし、結果に結びついていないと思うがな。それに暇があればお前は他の生徒会役員と話していたり遊んでいたりしただろう。そんな奴に諭されるほど俺は馬鹿ではないし、なかなか授業に出れないのは生徒会の仕事をしているからだ。本当なら俺だってきちんと授業に出たい。

「そんなことはわかっている。だから、授業にでる時間を今日わざわざ作ったんだ」
「なるほど!でもちゃんと明日からも出るんだぞ!」

 転入生はまるで約束をしたかのような口調で去っていった。大方生徒会役員の所に行くんだろう。はあ、あの人たちはこんな奴と一緒にいて疲れないのか疑問だ。

「っと、すみません。行きますか」
「ああ。…お前も大変そうだな」

 真宮先生は気の毒そうな顔をして俺を見ていた。俺は最悪授業に出なくても問題ないが、担任という立場上毎日転入生と顔を合わせないといけない真宮先生の方が神経をすり減らすと思うんだが。

「ところで視聴覚室なんてなんに使うんだ?」
「使うのは生徒会と風紀委員の一部です。転入生の行動は目に余るものがあるのでそれの対策です」
「転入生の行動にも問題はあるが、と言うか問題しかない。だが生徒会の奴らの行動も目に余るがある。風紀の連中からリコールされるのも時間の問題だぜ。特に風紀委員長である南雲が積極的だ」
「南雲先輩がですか?」

 南雲先輩がリコールに積極的だというのは意外であり、誤算だ。表面的にはそこまで仲が良く見えなくても根が真面目である高峰先輩と南雲先輩は友人だ。そして、南雲先輩は高峰先輩が役員たちが仕事を放棄していることを隠そうとしているということにすでに気付いているはずだ。情に厚い南雲先輩は放置してくれると踏んでいたがどうやら違うようだ。

「俺からしたら意外でも何でもないけどな。今生徒会は高峰と霧隠が何とか回している状態だ。本来倍以上の人数でやる仕事を行うにはかなりの負担がかかる。そしてその本人達は文句ひとつ言わずに仕事をもくもくとこなしているが疲れがたまっているのは明白だ。それだけでも正義感の強い南雲からしたら許せない事なのにそれをやっているのは数少ない友人とかわいい後輩だ。腸が煮えくり返るような思いをしていて当然だ」

 そう言えば普段は眠りについても1回や2回は目が覚めてしまうのに最近はそれがなかったし朝なかなか目覚められない。それなのに、隈が出来ていた。まあ、前髪で隠れてしまうからあまり関係ないが。もしかしたら、俺は自分が思っている以上に疲れてしまっているのかもしれない。それにしても南雲先輩には予想以上に心配をかけてしまっているようだ。最近顔を合わせる機会をめっきり減ってしまったのにそれでも気にかけてくれているということは素直にうれしいんだがな。

「南雲先輩に謝る必要がありそうです」
「謝ると火に油を注ぐ結果になりそうだけどな」
「それもそうですね」

 言われてみれば確かに心配をかけたことを謝れば火に油を注ぐ事態になりそうだ。お前が原因じゃないんだからと余計にリコール運動に力を入れてしまいそうだ。今回はアーサーにもかなり心配をかけてしまったから止めてくれないだろうし。

「そう言えば南雲に友人が少ないって言ったことは気にしていないんだな」
「南雲先輩はあまり友人が多そうな人柄には思えないので。尊敬している人物はかなりいるでしょうがそれを友人とは呼べませんし」
「南雲、高峰、霧隠は特にそうだよな」

 南雲先輩や高峰のようにカリスマ性のある人間というのはあらゆる意味で特別視されてしまうためかえって友人はできない。どこか普通の人間と違う、とほとんどの人が無意識に線を引いてしまう。というか、さりげなくそれ2人の中に俺を混ぜないでほしい。

「会長はわかりますが、俺をその中に混ぜないでください」
「お前は南雲や高峰と少し種類は違うが人を惹きつける魅力はあっから」
「そんなことないと思うんですが…」

 俺には人を惹きつけるような魅力はない。一応親衛隊はあるが吊り橋効果が影響しているだろうしな。

「お、もう着いたな。鍵とってくるから少し待ってろ」

 真宮先生と話し込んでいて気が付かなかったがいつの間にか職員室の前についていた。役に立つような立たないような話をしていたな。

「ほい、鍵」
「早いですね」

 職員室の扉の前で待っていると予想よりも早く真宮先生が鍵を持ってきた。真宮先生の事だから少し時間がかかると思っていたが違ったようだ。

「俺が鍵の管理してるわけじゃねえからな」
「さらっと自分の物の管理がきちんと出来ていないといってる気がするんですが」
「実際管理雑いしな」
「そんなんでいいんですか?」
「今んとこ目立った失敗してねえしいいだろ」

 確かに真宮先生は色々と雑なところがあるがこれといった失敗をしてはいない。生徒会関係の書類をたまに忘れているが、期限を過ぎていたことは今までない。ならまあ、別にいいか。

「それなら別にいいですが」
「んで、視聴覚室使うってことは風紀となんか話すんだろ?」
「よくわかりましたね」

 まったくこの人は普段は鋭くないのに、というか鈍い方なのにこういう時はよく気付くな。今回の場合は少しありがたいような気もするがな。知られてるようだし、もしものために転入生を見かけたら足止めしてくれないか頼んでみるか。

「なんだかんだお前の担任だしな。それに、大人は案外見てるもんだ」
「そんな頼りになる真宮先生にお願いなんですが、俺達が話してる間にもしも転入生が視聴覚室に近づきそうだったらその時は足止めをお願いしたいんですが」
「お前な…。別にいいが何時だ?」
「明後日の4時半です」
「その時間なら適当に居残りさせられるな。実際小テストでさんざんな点数とってるし」

 ああ、転入生のお頭はかなり残念だったな。よくあのクラスで劣等感を抱いたりしないものだ。そこだけは感心する。ちなみに、真宮先生の担当教科は古文だ。

「それではお願いします」
「おう。お前はそういうのとは本当無縁だよな」
「そこそこ自習やってるので。…まったくそういうことやらないのにあの成績のアーサーには殺意がわきますが」
「アイツガリ勉の敵みたいな奴だよなあ」

 普段必要最低限の事しかやっていなくて、挙句テスト週間は委員会の仕事が減るとか言って趣味に時間費やしてるのに毎回次席なんだよな。真面目にやってるこちらとしては怒り通り越して殺意が沸く事がかなりあるが仕方ないと思う。

「では、そろそろ失礼しますね」
「連絡きちんとしてあんのか?」
「大丈夫です」
「それじゃ無理すんなよー」
「真宮先生こそ」





「真白様―!」
「利緒先輩?」

 生徒会室に向かう途中に後ろから利緒先輩から声をかけられた。

「あまり休まれていないようですが、大丈夫ですか?」
「いきなりそれですか」

 最近色んな人に心配をされている気がする。高峰先輩にも会うたびに無理はするなよと言われてしまうし、アーサーにも言われる。俺は身長は低いからそこまで頼りがいがあるようには見えないだろうがここまで言われると自信を無くしてしまう。

「最近あまりお見掛けしなくなったので」
「そこまでですか?」
「そこまでですよ!親衛隊のメンバーの目撃情報も全然ないですし!」
「目撃情報って…」

 目撃情報って俺は珍獣か何かなのか。親衛隊の生徒たちはそういう意味で見ているわけではないとわかっているのだが思わずそ考えてしまう。ちなみに俺の所の親衛隊はそこまでではないが他の親衛隊はわりとそういうところがあったりする。いや、珍獣というよりもあれはアイドルか崇拝対象といったところか。過激なところだと制裁が日常的に行われていたりもするし、一番しっくりくるのは崇拝対象と言ったところだろうがな。

「親衛隊はいつでも真白様に協力できるようにしているだけです。最近だと廊下で倒れたりしそうですし」
「完全に否定しきれないのがつらいところです」

 いまだに栄養ドリンクや眠気覚ましでだましだましやっている。本当はもっと寝たいんだが書類の山を見るとそんなことも言ってられない。高峰先輩は生徒会長という立場上プレッシャーがかなりあるだろうからこう言うところだけでも楽をしてもらいたいんだ。

「ならもっと体調に気を使ってください」
「仕事が落ち着いたらそうします」
「転入生を何とかしないかぎり無理ですね。つまり気を付ける気はないと」
「いや、そう言うわけじゃ…」
「そう言う風にしか聞こえませんよ」

 相変わらず利緒先輩は見た目に似合わずズバズバとものをいう人だ。接しやすいのだが、痛いところを的確に突かれてしまう。この人を怒らせると結構大変な気がする。それにしても今回も返す言葉が見つからないな。

「返す言葉もありません」
「倒れたりなんかしたら本当怒りますから!」
「なら絶対にそんなことないようにしないといけませんね」
「絶対ですからね」

 利緒先輩はそう言うとクスリと笑った。つられて笑ってしまったが髪に隠れて見えていないだろうな。

「なんで笑うんですか」
「いえ、久しぶりに真白様と他愛ない話が出来たなと思いまして。爽大に自慢してやります」
「そんなに羨ましがりますかね?」
「絶対羨ましがりますよ」
「なら、あまりいじめすぎないでくださいね」
「そんなことでへこたれるような奴じゃないので大丈夫です」
「ああ、そうですね。えっと、俺はそろそろ行かないといけないので。利緒先輩と話していて息抜きが出来ました」
「それならよかったです。無理しない程度にお仕事がんばってください」



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